競馬道On Line コラム

『競馬マル得情報』稲垣茂



第166回

「ワールドカップと辛口の意見」

 

<熱狂の只中で求められる冷静さ>

 サッカーのワールドカップが始まった。
 ワールドカップと名の付く大会は数多くあるが、その中でもサッカーのワールドカップは飛び抜けた世界最大のスポーツイベントであることは否定のしようがない。
 サッカー自体がそれだけの魅力を持った競技であり、ボールひとつで手軽に出来、世界で最も多くの人が楽しんでいるスポーツであること、そしてナショナリズムがくすぐられるという性格上、それも素直に肯ける。

 そんなサッカーワールドカップが共催とはいうものの、日本で行なわれる。おそらく私たちが生きている間に日本で開催されることは2度となかろう。いや、ひょっとすると永遠にないかも知れない。それだけに特別な思いで迎えた大会でもあるが、このワールドカップに対する競馬関係者の思いはさまざまで、複雑だ。
 私のように純粋に日本チームを応援する者も少なくないが、「ワールドカップなどと騒いでいるのは一部の者にしか過ぎない。大騒ぎしすぎだ」との現実非直視型や「予選で惨敗すれば、サッカー熱も冷める」といったサッカー熱敵対型もいる。
 また、「ワールドカップと言ったら4年に1度。終わればまた落ちついて、今度はまた競馬が盛り返す」といった競馬擁護楽観型などもいて、それらを観察するだけでも楽しく飽きないが、なかには精神年齢が幼い意見の者も多々見られるのが残念ではある。

 それにしても日韓共催が決まった際の選考過程に始まり、ここに来てのFIFA(国際サッカー連盟)の内紛、チケット問題など、これほどまでに問題を抱えながらも、ワールドカップの存在、そして人気は揺るぎない。
 熱しやすく冷めやすい日本人気質はある。しかし、昨今の新聞の紙面やテレビでの扱いなどを見る限り、主役はサッカーであり、そして次に大リーグを含む野球であり、競馬は随分離された位置を追走しているのは否めない。
 ワールドカップを観戦し、楽しむことは素晴らしい。これほどまでに世界の人々に注目される人気のある大会なのだ。競馬人として参考にすべきことも多いに違いない。競技の違いこそあるが、取り入れるべきものはどんどん取り入れる精神は必要だろう。

 ところで、ワールドカップの日本の初戦、対ベルギー戦で気になる出来事があった。
 2対2で迎えた終了直前、稲本選手が放ったシュートがゴールネットを揺らし、勝ち越したかと見えるシーンがあったが、結局その直前にファウルがあったとして、ゴールは無効となった。この出来事を捉え、テレビでは判定に不服があるとの姿勢を示し、一部新聞では「大誤審」との大見出しを掲げ、どこがファウルだったのかわからないと報じた。
 しかし、この判定について、実に明確な意見を示したのが、辛口で知られるセルジオ越後氏だ。テレビのスポーツ番組でアナウンサーにこの判定について尋ねられると、
「稲本選手がボールを取りに行った時に足を高く上げているが、あのプレイは危険であり、最近になってファウルとされるように決まった。あれほど大きな喚声の中では審判の笛が聞こえにくかったりもするが、プレイしている選手達はわかっている。それだけに誰もそれほど抗議しなかったでしょ。そういうものなんです」
 といった内容の解説をさらりとしたのだ。ファウルとなったプレイを的確に指摘し、笛がなった後にゴールしても仕方がないと示唆したわけである。

 ファウルとされたプレイが、本当にファウルとすべき性格のものだったかどうかは、この際置いておく。問題なのは、ファウルとすべき、もしくはファウルとされても仕方がないプレイがあったにもかかわらず、そのことを把握していなかったり、報じなかったメディアが多くあったことだ。そして、敗因は審判のおかしな判定であると断ずるところまで出てくるに至っては、何をか言わんやである。
 こんな場面をまざまざと見せつけられると、日本のマスコミの未成熟さを改めて痛感させられる。その点、毅然とした態度を見せるセルジオ越後氏の存在はそんな中、なおさらのこと頼もしく見える。おそらくサッカー界においては掛け替えのない存在と言えるだろう。
 辛口であり、反感を買うことも少なくないであろうセルジオ越後氏だけに、ときに厳しい批判を受けもするが、その意見は傾聴に値する。
 誰をも唸らせる実績を残した、いわば第一人者がサッカー界を思い、あえて辛口発言に徹する。競馬界においても、野平祐二亡き後、そろそろそんな人間が出てきても良いのではないか。

 サッカー界のセルジオ越後氏、競馬界の野平祐二氏などとは比べるのも失礼なくらい、私などでは全くの役不足であることを承知してはいるが、今回も厳しい意見を提示したい。先週の安田記念のマスコミ報道についてである。
 アドマイヤコジーンで勝った後藤騎手に関して、悲願のG1初制覇といった扱いをしていたところがあったが、これなどはご都合主義と呼ばれても仕方がないものだろう。すでに後藤騎手は地方でG1を勝っているのである。新聞などではよく見れば、中央G1初制覇となっていたりもしたが、その扱いは実に目立たないもの。海外や地方のG1を中央のG1と同様に大きく扱う場合があったにも関わらず、今回はおそらく「G1初制覇」ということを大きく扱いたかったに違いなく、自分たちの都合で、同じ地方のG1を大きく取り上げたり、軽く扱ったりということではいけないはずで、これなどは今回取り上げた稲本選手の幻のゴールと似たようなものなわけだ。
 後藤騎手にしても勝ったことはいい。しかし勝った後が感心しない。あまりに派手なガッツポーズも誉められたものではなく、また時間をかけすぎるウイニングランもどうかと思う。また上がってくる際に顔を覆い、全く前を見ていないという行為も一歩間違えば、問題が起きる危険な行為である。ただでさえ、馬が観客やカメラマンその他のものに驚いたりして、急激に逃避したり、急停止したりと事故が起こりやすい状況なのである。もし落馬し、放馬したりすれば人馬ともに怪我をする恐れがあり、そんなことがあれば、もし何もなくとも時間はさらにかかる。細かいことまで言いたくはないが、後藤騎手が引き上げてきて、後検量を行ない、レースが確定するまでは、他の関係者も拘束が解かれるわけではないことを忘れてはならない。レースの確定が遅れ、それに伴い表彰式が遅れるなどすれば、最終レースの馬場入りも遅れることになり、新たに他の関係者に迷惑がかかる。最終レースの馬場入りが遅れる問題はさほど珍しくはなく、これなどはほとんどの関係者がG1のためということで大抵は黙認しているが、それも程度問題であり、ケースによっては意見する者も出てこよう。
 彼が感激したのは画面を通してでも十分わかる。しかし、最低限すべき事や気をつけるべきことは、よくよく心しておくべきだ。厩舎関係者や馬主といった関係者にしても、騎手は勝ってくれさえすればそれで良しとする風潮があり、それはそれで理解できなくもないのだが、できれば、もっと人間的な部分にも目を向けて騎手を選択するという空気が生まれてくることが好ましい。

 



筆者プロフィール
名古屋出身 1962年生まれ
これまでにナイスネイチャ・トーヨーリファール・トーヨーシ アトル・トーヨーレインボー・テンザンユタカ・アルファキュ ート・イブキマイカグラ・オースミロッチ・コンサートマスター・ミスターボーイ・スーパーショット・ビッグショウリ・ハシケンエルドなどの調教を担当。現在は松永善厩舎に所属。


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