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金鯱賞(G2)、シンザン記念(G3)
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デビューは3歳11月の京都・新馬戦。逃げるカネトシシェーバーを交わして1着。連闘で臨んだ白菊賞は2位入線も4着降着になってしまったが、続く暮れの朝日杯3歳Sでバブルガムフェロー、エイシンガイモンに次ぐ3着に好走した。
年が替わって4歳初戦のシンザン記念を快勝すると、アーリントンCでも1番人気の支持。しかし熱発の影響か7着と凡走する。立て直しを図って挑んだニュージーランドT4歳Sはファビラスフフインの圧倒的な強さになすすべもなく7着。素質馬もここまでかと思われたが、本番のNHKマイルCでは名手ロバーツの好騎乗にも助けられタイキフォーチュンの3着。力のあるところを見せた。
その後、古馬相手の安田記念後に骨折、休養を余儀なくされる。休み明けの六甲Sでは3着に入り、復活の兆しを見せるが、ここでまた骨折。さらに4カ月休養後出走したのが京都のオーストラリアT。好位から抜け出し、逃げるテイエムジャンボを突き放すと、勝ち時計は1分57秒5の日本レコード。さらに金鯱賞もパワーでねじ伏せ重賞2勝目。この馬の完成期とも思える連勝で宝塚記念へのローテを組むが、前哨戦・鳴尾記念で7着、本番でも6着と不本意な結果に。そして休養明けの秋緒戦、京都大賞典中に故障発生(完走10着)、そのまま引退した。 |
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